大雪の日の記憶<内観>
2012/03/05
雪が降ったかと思うと次は晴れ、今日は雨ところころと天気を変えながら春が近づいている気がしますね。
ヨーガの瞑想では「内観」を用いることがあります。
自分の過去を丁寧に振り返り、幼かったり間違っていた認知があったらそれを修正するという方法です。
お教室ではなかなか瞑想のお話までできなかったりするので、私の先日の大雪の日の瞑想での認知の変容をご紹介させてくださいね。
私の母は私が生まれるまで、希望していた仕事に付き生き生きと仕事をしていました。
保育園などない辺鄙な田舎ですし、あったとしてもそれは母子家庭などの諸事情あって働かないと生きていけないお母さんのための場所でした。
そのため私の兄は父方の祖母が育ててくれて(内孫二人+兄の面倒を見てくれていた)、母は働きに出ていたのでした。
それが、私の出産を機に祖母に
「もうこれ以上孫の面倒は見られない。体力が付いていかない」
と言われ、母は泣く泣く仕事を止めることになってしまったと聞いていました。
そしてそのことを母が言うたびに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「私が生まれなければ母は好きなことを続けられたのに・・・」
そんな母が私が3歳、兄6歳の冬に初めて入院しました。
二週間くらいも入院したでしょうか。
その間祖母は家に泊まり込んで、孫二人の世話と父の身の回りのことを手伝ってくれました。
そのとき、風邪を引いて咳が止まらなく喉が痛くなった私のために「大根あめ」を作ってくれました。
大雪の日、初めて食べた大根あめは砂糖がけの大根おろし・・・
こどもは素直。。「変な味〜」と手を付けず、祖母は少し寂しそうな顔をしていました。
息子から頂いたインフルエンザで苦しんだ末、喉が痛くなり思い出したように先日つくりました(笑)
舌の記憶は強いですね。
ふと忘れいていた祖母の大根あめをもって寂しそうな顔が浮かびました。
そしてその頃の母と祖母とのたわいもない会話などを様々と蘇るのです。
(ちなみに大根あめ自体はとてもよく効きます。あの時言うこと聞いて舐めなかったことを今更ながら後悔・・・)
子供の頃の認知では、祖母の気まぐれにより泣く泣く仕事を辞めたと思い込んでいたのです。
今こうして大人になり母になり改めて見直してみると、その認知が物事を一面から捉えていない幼稚な物事の捉え方であることに気づくのです。
祖母は「一人くらい子どもの世話ちゃんとしてご覧よ。仕事なんかよりとっても楽しいよ」って伝えたかったのではないか?
母も、その思いを受け入れたのではないか?そして私との日々を楽しんで過ごしていたのではないだろうか。
母は実の母を幼いうちになくしていたので、祖母を母のように頼っていたのだろう。
そして、照れ隠しのように「年だから孫の世話はしんどい」という一言の裏側まで読み取り受け入れたのではないだろうか?
とはいえ、なれない子育てに悩まぬように、育児の手伝いをしに足しげく家に来てくれていたのではないか。
そんな風に祖母や母に存分に愛に囲まれて育ったのだと今になり気づくのです。
改めて感謝の思いでいっぱいになります。
内観を丁寧に行うと、ずっと母の人生のお荷物だと思っていた自分の誕生に対する認知がこのようにガラリと変化していくのです。
真実は一面的ではなく多角的な大人の認知に変容させると様々な人間関係が楽になっていくのです。
いつか皆さんと認知の変容という素晴らしい体験を共有する時間が取れたらと考えています。
まだまだいつか・・・ですが(笑)